【開催レポート】第4回ソナタコンクールマスタークラス

2019年12月10日火曜日

12月8日(日)、桐朋学園大学調布キャンパスにて、ソナタ単楽章Bコース・全楽章コースの本選出場者を対象としたマスタークラスが行われました。全国から集まった精鋭たち約50名が、終日「ピアノソナタ」を学びつくす会となりました。一流のピアニスト・大学教授の先生方を中心とした豪華講師陣による、レッスンの様子を覗いてみましょう。

<目次>


<2019年度 当日のスケジュール>

・基調講演:「守るべき型、ピアニストとして生きる矜持」



ピアニストとして42年のキャリアを歩まれ、現役第一線で活躍されている斎藤雅広先生。「ソナタを弾く」という視点から離れて、ピアニストという職業についてのお話から始まりました。 
 
 ◆「交通ルール」として守るべき原則がある
  今日は皆さんソナタを弾かれますね。ソナタは、形式にはまって演奏をしていくことが大事だけど、言ってみれば交通ルールと一緒なんです。ルールさえ守れば何をしてもよいし、自由な演奏もできる。まずは肩の力を抜いて弾いてみましょう。
 とはいえ何事にも基本はあるものです。ぼくが今日言いたいのは「アーティキュレーション」。 音楽の中で、どこにアクセントがあるか?これが基本になります。特に古典派のソナタを弾くときには、スラーやアーティキュレーションが正しい楽譜を使わないといけない。どういう風に弾いたらいいか分からなくなるような、長いスラーだけが書かれていてはだめです。
 交通ルールではないですが、アーティキュレーションを間違えると、文字通り命取りになる場合があります。例として、あえてソナタではなく、ショパンの「バラード1番」を取り上げてみましょう。冒頭の5連符のテーマは皆さん知っていますね。
 







 譜をよく見てみましょう。スラーがかかっているときに末尾の音をどう処理するかが大事です。右手のモチーフの最後のGの音が強くなってしまったら台無しですが、それだけではなく、左手の伴奏にもスラーがついていることに注目しましょう。別々のアーティキュレーションを指示している。つまり、左手の伴奏も右手のメロディーとは関係なくdiminuendoする必要がある。ここで、裏拍に「チャンチャン!」と伴奏がついてしまうとアウトになるわけです。
 このように、アーティキュレーションこそがこの曲のわびしさを表現していますね。 今のピアノは、ベートーヴェンの時代とはピアノの構造が違っています。昔のやり方は今のやり方とは違う。私たちは「伝統芸能」のクラシックを勉強しているので、昔のやり方を知ることを外してはいけないわけです。
 ある意味、歌舞伎と似ているところがあります。歌舞伎役者は、顔の表情や立ち姿などすべてをくまなくチェックしたうえで、笑うべきところで笑っている。型破りのものであってもいいけれど、型を分かったうえで破らないといけないと思います。

 ◆ピアニストという生き方
 私はピアニストになって42年。あんまりおもしろい職業じゃないですよ~(笑)。
 日本では、クラシックを限られた人しか聞かないし、理不尽なことが多い。誹謗中傷で傷つくことも多い。 実際のピアニストとしての仕事は、「トトロを弾いてくれ」「崖の上のポニョを弾いてくれ」という依頼も受けなきゃいけない。ぼくはポニョを知らなかったから、音源を聴いて自分でソルフェージュして間奏をつけて弾いたら、子どもたちに一斉に「それ、ちがーう!」と指さされたことだってありました。
  嫌いな曲でも吐きそうになりながら弾いたら、「今までで一番よかったです!」なんて言われるのだけど、それがプロの仕事です。本当に弾きたい曲は、年に一回弾けるかどうかもわからない。
 芸術と現実とのギャップは大きいものです。心がくじけた時に、人生の歩みの支えになるのはやはり自信、プライドです。いいプライド、いい音楽家としての心をもって弾いてほしいと思います。
 最後に、音楽家として残っていくための秘訣をお話しします。みなさんは必ず、誰かに認めてもらえないと先には進めません。抜きんでていかなければいけない中で、自分をどうアピールするかは大切です。そこでは人間づきあいだって重要な要素になる。たとえばSNSで自分を表現していくのも一つのスタイルでしょう。
 ともかく、ただ練習しているだけではだめ。私はバッハしか弾きません、もよいけど、「なんでも弾けます」「まずはなんでもチャレンジしてみます」というほうが心の持ち方としては良いですよね。

  ひとりの音楽家として自立していくには何がキモなのか、今何をすべきなのか。長年の経験からにじみ出る愛情たっぷりのメッセージが受講生の心を打ちました。 


 ・座学:「音で語ろう、音による語りを聴こう ―ソナタ形式と音楽の修辞学―」上田泰史先生、林川崇先生 






◆弁論家と作曲家がやっていることは同じ
 
 「修辞学」という聞きなれない分野と「音楽の語り」を結びつける、最先端の試みを上田先生が解き明かします。  

 音楽は心を動かすことができる。それはなぜでしょうか?言葉の構造を模倣して形式を操作することで、人為的にアクシデントを聴衆の心に引き起こせるから、というのが一つの答えです。音による語り、音による弁論といってもよいでしょう。本来、弁論家と作曲家は同じもの。そして、同じ「修辞学」の伝統を引き継いでいます。
 
 ここで、古代の弁論術の教科書をひもとき、弁論の種類や弁論に必要な能力について紹介し、「修辞的弁論」と「音楽的弁論」が実は似たような営みで構成されていることを確認しました。有名なモーツァルトのソナタはどんな「弁論」としてとらえられるか?について、林川先生の実演を交えつつ紹介されました。
 
 ◆ソナタ形式、調から見るか、メロディーから見るか?  
 さて、ソナタ形式を決定するものとして、「調の構造」「メロディーの構造」という2通りの見方があります。つまり和声的に見るか、旋律的に見るかによって、曲のとらえ方も変わってきます。同じモチーフでも、とらえ方によって、例外的なものとして見せたいのか、本流として見せたいのかが変わっていきます。
 つまり、これこそがソナタ形式だ!という一定の解は存在しません。先ほどのKV545のソナタでも、第2主題は調も雰囲気もガラッと変わりますが、実はメロディーを見ると第1主題を反転してせせこましいスタイルで書いているだけだったりします。
 いずれにしても、作曲家は「ここを味わってほしい」という、聴き手側の音楽の価値判断を想定して書いていたということが重要です。  

 次に、音楽的な発想を豊かにする方法について、実際にアクティビティをやってみながら体感をするパートに移りました。シューマン「子供の情景」第1曲のメロディーを分析して、日本語の歌詞をつけてみて、音楽家が演出したかったことを具体化してみること。そして、本日の目玉である「即興ソナタ作曲」の実演が行われました。受講生が好きな調と6つの音をランダムに言ってみて、その音をもとに林川先生が第一主題を決め、その場でソナタ形式にて即興演奏をする(!)という芸当。まさに作曲家の頭の中をリアルに知る時間となりました。  

 ◆ソナタの「図式」はあとから作られたもの
 さて、19世紀以降のロマン主義では、ソナタの作曲においても「型」は乗り越えるべきものになっていきました。かっちりした図式を壊していかなきゃいけなかった。図式化されたものから脱却して、聞き手に理解を要求するタイプの新しい形式でどんどん想像力を膨らませるようになりました。
 とはいっても、古典派ソナタだって色々なパターンのソナタがあります。ヴァルトシュタインだって形式ばっていないし、コンクールではあまり弾かれませんが、クレメンティのソナタはびっくり要素が多くて面白い。19世紀になって研究が進んで図式ができたから、かえって形式が意識されるようになっただけなのです。
 
 聴衆に訴えかけるような演奏をするために、当時の作曲家が参考にしていた「修辞学」は今後国際的にも重視されるようになっていく、と締めくくった上田先生。たった今音楽が生まれたかのようにクリエイティブに「演じる」能力は、今後生き残っていくピアニストには必須のスキルでしょう。 


・マスタークラス①白石光隆先生

 
 
ベートーヴェン晩年の作品、ソナタ31番の最終楽章のフーガは特に難度の高い部分です。レッスンは、フーガの直前のゆったりとした部分を聴かせる方法から始まりました。 

 音が出た時の箱をずっとキープしよう。一音目を出したら、同じ箱の大きさの中でそのまま自分がいる場所がキープできるように・・・。長いフレーズは「改行」をしちゃだめ。ずーっと続いていかずに文章が改行した感じになると、フレーズが切れてしまう。デクレッシェンドとあっても、必ずしもピアノになる必要はないですね。
  さて、ベートーヴェンの最後の3つのソナタに使われてる有名なメロディーにあてはまる歌詞を知っていますか?《荘厳ミサ曲》「アニュス・デイ」の中の「われらに平和を与えたまえ」という歌詞、Dona nobis pacemです。そう、われらに平和を与えたまえ!という気持ちで弾いてくださいね。
 途中、逆行フーガの形でG-durで主題が再現されます。どうでしょう、As durからのG dur。なんだかとっても遠いところに来たような感じがするね。音量は小さいけれども、落ち着いてる場合じゃない。ぼんやりしてる場合じゃない。ここは、ショパンがやったように、半音階の連続を使って出口を探してる感じと同じ意味合いです。G-durから始まるけど、もがいてもがいて何とかしてAs durに戻らないといけないのです。

 レッスンの最後は、コーダの部分の盛り上がりをどう作るか、というテーマで具体的な体の使い方のレクチャーが行われました。すこしくすんでいた音も、どんどんと明るく、終幕にふさわしい音に変貌していきます。

 手はよくできてるけど、うーん、まだ身体がついてってない感じ。まだまだエンジンがかかるのが遅いね。ちょっと肉体改造してもいい?最後の数小節、ぐーっと上体を前に倒していって重みをかけて、最後の和音で後ろにパーン!とのけぞってみよう。やってごらん・・・そう!すごい!(拍手)  

 最後は、受講生も晴れやかな表情で終了しました。


  ・マスタークラス②佐藤卓史先生 



 ベートーヴェン、ソナタ11番の終楽章のロンドが課題曲。「室内楽的」なアプローチをふんだんに盛り込んだレッスンとなりました。

 11番のソナタが前期のソナタの集大成で、ベートーヴェン自身も「大ソナタ」と名付けています。古典派ならではの構成感がつまっている曲ですね。ベートーヴェンは、まずピアノで試してみた実験やアイデアがうまくいったら、二重奏や三重奏、あるいはピアノを中心とした室内楽編成など、複数の奏者での編成に展開してみることが多かった。複数の奏者がいるという視点で曲を眺めてみるのもよいでしょう。
 
 第4楽章の冒頭を左手だけで弾いてみましょう。






  左手だけだけど、実は2人の奏者が別のことをやっている。これを両手で弾くとどうでしょう?内声は鍵盤の中で呟いている感じ、弦楽器のボウイングのようなニュアンスが欲しいです。一方バスは、独立して動いています。連打のところはぶつ切りにならないように、ピンポイントでペダルを使ってみよう。あくまでも、声部の独立が聞こえるようにね。
 左手右手でも別の人が演奏しているように聴かせましょう。たとえば、右手はたっぷり時間をかけていいが、左手は引きずられないで淡々と弾くといったように。各声部を「奏者」としてみてあげると、様々なことに気づきます。同じモチーフは、基本的に同じ人たちが伴奏しているし、オクターブは2つの弦楽器が息を合わせて演奏しているととらえられるので、同じタイミングで離鍵することにも意識が回るようになりますよ。このように、室内楽的なアイデアを盛り込んであげましょう!
 ちなみにベートーヴェンのソナタには、他の室内楽作品にも似た部分がたくさんあります。この楽章にも途中、トリルをやってクレッシェンドして戻る、という部分がありますが、ここは実はヴァイオリンソナタの「スプリング・ソナタ」と同じことをやっていることに気づきます。


・マスタークラス③久元祐子先生




今回の課題曲はベートーヴェンのソナタ7番の2楽章。難しい緩徐楽章ですが・・・久元祐子先生のレッスンは、つねに問いかけから始まります。受講生に「なるほど!」と気づきを与え、知的なアプローチで響きまでを変えていってしまう25分間は、まるで魔術のようでした。 

 この曲は6/8拍子ですね。これは、どうしても音楽が止まってしまいやすい拍子だから、ともすると全部細切れになってしまう。息継ぎをせず長―いブレスが必要になる。
 さて、あなたは歌うの好きですか?ここに歌い手さんが来て、長―いフレーズで歌い上げたら、きっと人は感動すると思います。 歌声のもとは息です。では、ピアノにとっての息はなんでしょうか? 「重さ」です。重さでハンマーが上がるのです。昔、「重さ」と「思い」は同義語でした。 だから、ピアニストにとっての息継ぎは、手首を使って行います。でもいつでも息継ぎしていいわけではない。手首を上げるときは慎重にやりましょう。

 表現力豊かな演奏のため、オーケストラや「音楽の修辞学」の事例を交えながら、説得力のあるレッスンが続きます。

  今の演奏は、小指がほとんどしゃべってなかった。ドイツのオーケストラを聴いたことある?ドイツ、イタリア、ロシアのオーケストラは全然響かせ方が違うのです。ドイツのオーケストラはベースがしっかりしゃべるんですよ。ベースを響かせるのは小指。「小指で人が殺せないとベートーヴェンは弾けない」なんて言われていたりもします。ほら、ベース出すと全然違うでしょ。
 
 それから、それぞれの部分で何を表現したいか考えてみましょう。音楽の修辞学では、6度上がるときは「勇気」、6度下がるときには「大きなため息」と言われている。例えばこういうところ。



 5度と6度でも全然意味合いが違ってくるのです。 この曲では足を引きずりながら前に行く感じを出すのが重要です。引きずらなきゃいけないときにスキップして歩かないようにね。 





・マスタークラス④斎藤雅広先生  




 斎藤先生のレッスンは、演奏している受講生の隣に座り、語りかけ、一緒に弾き、時には歌いというスタイルです。先生の圧倒的な演奏力が、さまざまなメッセージを物語ります。今回の課題曲はベートーヴェン「田園ソナタ」です。 
 
 この曲は直線的になりすぎず、ヨーロッパ的な香りがあるといいね。歌い方を毎回変えていく必要がある。メロディーは「振り」であって、毎回表情が違うべきだとぼくは考えています。 たとえば連符で書かれた細かい音符は、3つ・3つ・5つに分かれているところを強調するなど、遊びの要素もあります。ただ、さっきも言ったように、書かれているアーティキュレーションはしっかり守らなくてはいけない。






 


ここはとても速い部分だけど、3つの音を繋げて弾かずに、書かれている通りに切り離して弾くとよいです。そして、ペダルにも要注意。ペダルを踏みすぎると響きが団子になってしまって、それがメロディーの表情を殺す原因になります。古典派でペダルをなんで踏んじゃいけないか?ダメなものはダメ、なのではなくて、より細かな表情をつけるために、という理由があります。  

 斎藤先生は目の前の曲の攻略法だけでなく、受講生の将来のことまで視野に入れ、今取り組むべきことをあたたかなメッセージとしてプレゼントしてくださいます。  
 
 あなたの演奏はとても音楽的で、ぼくだったら二重丸つけてあげたいと思います。細かいことを言ってしまったけど、そこがクリアできてないと「分かって弾いていない」ように思われることが多々ある。クラシックの世界では、アーティキュレーションが守られていなかったりすると「斬新な表現だな!天才だな」とはならずに、「知らないんだな、勉強してないんだな」と受け取られてしまうこともあるのが難しいところです。
 リヒター=ハーザーというドイツの名ピアニストがいます。彼は本当に正しく弾いている。ここまで正しく弾けるのか!というほど、正しく弾けている。あるいは、ショパンのE-durのノクターン、Op.62-2。つまらない国歌みたいなメロディーにも見える。でも、とくにルバートをしていなくても、めちゃくちゃ感動することがあるし、普通に弾いているだけなのに泣けちゃうくらい良かったりすることがある。
 ぼくも個性的に弾きたいと思って弾いていた時期がありますが、いろんなパターンや規則を頭にインプットしてみてから個性を出したら、「知ってはいるが、それでもやはり、ますますこのように弾きたいのだ」というメッセージ性、強みが生まれることに気づきました。


 ・個別相談会の様子 






















終了後には、個別相談会が行われました。中には、実際にピアノを使ってのプチレッスンとなった会も?最後まで列が途絶えることはなく、「もっとたくさん聞きたかった・・・!」と名残惜しそうに帰っていかれる受講生の姿が印象的でした。


 ・まとめ   

 




















先生方による個性的なレッスンと、思いの詰まった演奏の数々によって、25分間の化学反応がつぎつぎと起こりました。受講生の皆さんは、準備してきたものを今しかできない演奏に昇華させ、大満足の表情でした。細かな曲の仕上げ方から、学術的アプローチ、さらには受験や将来に向けたメッセージなど、「ソナタ」の枠を超えたマスタークラスになったと思います。
 受講生の皆さんは、来る12月21日、22日に行われる本選に向けてさらなる練習を積まれます。はたして頂点をつかむのは誰なのか・・・!
 ぜひ、みなさんの研鑽の成果を聴きに、東音ホール(巣鴨)までいらしてください。

本選のご案内はこちら

 先生方、本当にありがとうございました。

 (記事執筆:本荘悠亜)

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