<目次>
- レクチャー:「音の響き、音質、表情のつけ方」 若林顕先生、鈴木理恵子先生
- アナリーゼ:「ソナタ」とは? 内藤晃先生
- マスタークラス:赤松林太郎先生
- マスタークラス:若林顕先生
- マスタークラス:横山幸雄先生
- マスタークラス:練木繁夫先生
- 相談会の様子
- まとめ
レクチャー:「音の響き、音質、表情のつけ方」若林顕先生、鈴木理恵子先生
ソロのみならず室内楽の分野でも活躍される若林先生。先生のレクチャーは、ヴァイオリニスト・鈴木理恵子先生とともに、「音の響き、音質、表情のつけ方」を中心に展開していきました。◇ピアノ以外の曲を聴く大切さ
私の中で音楽へのアイディアがたくさん生まれたのは、ベートーヴェンの交響曲を聴くようになってからです。「ベートーヴェンはオーケストラを想定しながらピアノソナタを書いた」ので、交響曲をたくさん聴くのはピアノソナタの勉強にもなりますよ。交響曲のみならず、室内楽、弦楽四重奏など、幅広いジャンルの曲をたくさん聴くことが、何より大切です。
では、そこで浮かんだ・発見したアイディアたちをどうピアノに落とし込めば良いでしょうか。それには、ピアノの「音程感」が重要です。
「音程感」と一括りにいっても、それは音と音との距離(音程幅)や、音そのものの音程(ピッチ)など、意味はいろいろあります。
まず「音程幅」について、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の2楽章を用いて考えてみましょう。
最初のフレーズだけでも、4度の上行、5度の下行、そのすぐ後には半音階が登場します。4度や5度の幅は決して気軽にはいけないもの、ピアノの場合はさらっと弾けてしまいますが、歌などに置き換えてみるとそうはいかないのが分かりますね。その「気軽にはいけない」音程幅を感じ取ることが非常に大切です。
また、半音階は「濃い表情が求められる音程」であり、「音間を埋めるライン」で、念を込めて作曲されている、とのこと。このように、音程を足掛かりに音楽を紐解いていくと、実にたくさんの変化が起きていることがわかります。この変化の中に感性がついていくような練習が必要です。
◇音と音の距離に着目してみましょう
続いては、ピッチの意味での「音程感」について、また調和していくための音色づくりについてお話しします。私自身、気を付けていても見落としてしまうこともあり、室内楽でほかの楽器と共演すると、相手からの指摘で気付かされることも多いのです。
ここからは、モーツァルトの「ヴァイオリンソナタ第28番 ホ短調 K.304」を例に見てきましょう。 この曲はヴァイオリンとピアノのユニゾンが多いので、2つのパートがしっかり調和するように調整していきます。 大事なのは、どちらか一方だけが、ではなく、お互いが調和しようとする意識。
ヴァイオリンはメロディックなものを弾くとき・和声の中の一部を担うとき…など様々な場面で、少しずつピッチを変化させています。また、弓を引くスピードや圧力のかけ方、ビブラートなどで微細に音色を変化させています。そうすることで、ピアノが奏でる和声にしっかりと調和していくのですね。これがヴァイオリンパートから見た調和。
ではピアノパートはどうしたら良いでしょうか?ヴァイオリンが創り出す微細な変化に合わせて、ピアノも自在に変化させていくことが必要です。ピッチを少し高くとるのかそうでないのか、ピントを合わせながら要所要所の音を捉え直していくことや、「なにも考えていない音」が無いように、ヴァイオリンと調和させるようなタイプの音色を作っていくことなど、調和するようにケアをしていくことが大切です。こうしてお互いがお互いの音楽を感じ取り調和させていくことで、美しい音楽が生まれます。こういった意識は、ピアノソロを演奏するときにも応用すると良いでしょう。「このパッセージはヴァイオリンが弾いている」、など想像するときに、もし本当にヴァイオリンが弾いていたらどう調和させようとするだろう?と考えていくと、音楽がとても立体的になっていきますよ。
1音1音へこだわることで見えてくる音楽の変化をレクチャーの中でたくさん感じることができたのではないでしょうか。ソナタの中には、作曲家の精神や魂が込められています。その魂を感じ取るためには、ほかの楽器と共演したり、様々なジャンルの音楽を聴くことがとても重要です。そうすることで、音楽へのアイディアがたくさん生まれてきます。ピアノの演奏だけを聴くのではなく、幅広いジャンルの音楽を聴いて、イマジネーションを膨らませながら、楽しんで勉強していってくださいね。
アナリーゼ:「ソナタ」とは? 内藤晃先生
内藤先生によるアナリーゼは、複数のグループが合同になって、和気あいあいとした雰囲気で進められました!
◇「ソナタ」という言葉の意味は何でしょう?
「ソナタ」とは、元々は「鳴る・鳴り響く」といった意味で使われていましたが、だんだん複数曲の「器楽曲」という意味を持つようになっていったのです。古典派の時代では、「ソナタ形式」の曲がたくさん作られましたが、その理由は知っていますか?当時は、宮廷などで演奏する人と、作曲をする人、といったように、音楽家の役割が分かれていました。たとえばハイドンの場合、ハイドンはエステルハージ家に仕える宮廷音楽家でしたので、彼らのためにたくさんの曲を書く必要がありました。そういったときに、一から曲を書くのではなく、「ソナタ形式」といういわばフォーマットに当てはめて曲を書いていったので、ソナタ形式の曲が量産されたのです。そのフォーマットの中に作曲家それぞれのアイディアを詰め込んでいったので、ひとくくりに「ソナタ形式」といっても、それぞれが個性豊かな曲に仕上がっていったのでしょう。
◇自分の演奏曲をプレゼンしよう!
「ソナタ」の基本的な部分を学んだあとは、実際にコンクールで演奏する曲を使って、「初めて聴く人が楽しく聴けるようにガイド」をしましょう。その曲の中で、面白い・斬新な表現をしているところを言葉にしてみましょう。主和音で始まらない、遠回りして目的の調性に辿り着く、突然遠隔調にワープする、再現部で提示部と異なる道筋を辿る、など、作曲家が仕掛けているサプライズは、その効果をどのように音で表現するか、吟味する必要があります。改めて言語化することで、曲の中で目を向けられていた部分、逆に気付けていなかった部分や、新しい発見が生まれたのではないでしょうか。また、認識新たに自分の中に落とし込んでいくことで、自分の表現しようとしている音楽や解釈がより一層説得力を持つのではないでしょうか?ぜひ、ソナタのみならず、普段勉強している曲でも試してみてください。
マスタークラス:赤松林太郎先生
圧倒的な知識をもって曲に踏み込んでいく赤松先生のレッスン。この時間では「ワルトシュタイン」を取り上げてのレッスンでした。ベートーヴェンが楽譜に残した、「奏者にしてほしい」記号、暗号を一緒に読み解いていきます。
◇楽譜の中の表現を読み解こう
ベートーヴェンは、奏者にしてほしいことはすべて楽譜の中で指示をしています。それは強弱であったり、アーティキュレーションであったりと様々ですが、書いてあることはしっかり表現し、読み解いていくことで、音楽はとても生き生きします。そんな数ある指示の中でも頻繁に登場するのが、「クレッシェンドをかけた直後のp」の表現。これは、テンポを操作しなくても自然とagitatoの雰囲気が出る表現ですが、こういった頻繁に登場するベートーヴェンの「手法」を読み解くことは、ベートーヴェン自身の特徴を捉えることにもつながっていきます。
ベートーヴェンの中期は、「非常にエネルギーに溢れていた時期」でした。その中で、最も大事なのは「エネルギーがどう溜まって、それをどうフロー(放出)するか」ということ。ベートーヴェンは、熱い情熱を持っているけれど、その反面とても冷静なのです。だからこそ、fやffで音量が大きくなったままにしない、数ある指示をもって、冷静に音楽の先を描いています。そのベートーヴェンの、情熱と冷静さといった、いわば二面性のようなものを、「楽譜に書いてあるものと書いていないもの」、どちらも見て分析しないといけません。
◇細かく楽譜を読み込んでいこう!
「同じようなパッセージでも高さと音価が違うということは、違う楽器で演奏することを想定していた(つまりピアノ曲でありながらオーケストラを想定していた)」、「4声で書かれているということは、コラール書法(ドイツの伝統的な書法)で書かれている」、「cresc.と書かれているときはfへ向かうという明確な意思を持っているとき、これはまさしく『疾風怒濤』の表現」、「シンコペーションはespressivoであり、『拍感を壊しても伝えたいもの』である」…など、知識を得ることで、音楽を解釈していくことの楽しさが倍増しますよ。
マスタークラス:若林顕先生
午前中のレクチャーで、一音へのこだわりや様々なジャンルの音楽を聴くこと・共演することの重要性を伝えてくださった若林先生。ハイドンの「ピアノソナタ 第60番 ハ長調」のレッスンでは、まず「くさび形」の記号の持つ意味についてお話がありました。
◇「くさび形」とは?
ピアノ作品のみならず、オーケストラのスコアなどでもよく見かけるこの記号、とかく「短く・鋭く」という意味で捉えがちですが、「大事な音」という意味で捉えるようにしましょう。ただ鋭いだけの音ではなく、それぞれの音を大事に、意味を持たせるように演奏することが大事です。また、似たようなフレーズで語尾の音価に変化する部分など、見落としがちではあるもののハイドンのアイディアやユーモアが込められている部分にしっかり目を向け表現することで、途端に音楽が瑞々しく、生き生きと語りだすでしょう?
◇「音程感」の大切さ
ピアノという楽器でも、音と音の間の「音程感」が大切になってきます。ただ単純に音を出すのではなく、音の上をなぞるような意識で弾くと、本当にピッチが少し上がったように聴こえるのがすごく不思議で、ですが自然としっくりくる表現に変化しますよ。本当に細かな部分ではありますが、そこまでこだわりをもって演奏することでぐっと印象が変わってくることを身をもって体感できるではないでしょうか。
マスタークラス:横山幸雄先生
横山先生のレッスンは、「あなたにとってのベートーヴェンとは?」という質問から始まりました。
◇「ベートーヴェンのイメージ」は?
ベートーヴェンというと、情熱にあふれていて、ドラマティックな激しい曲が多いイメージ…ですが、今回取り上げる第12番のソナタは、そのイメージとは離れ、とても優しい雰囲気ですね。とはいえ、モーツァルトやシューベルトに見られるような、「音楽の流れに沿った、自然な優しさ」ではありません。ベートーヴェンの場合は、優しい雰囲気の中にもしっかりとした意思を持っています。その意思の強さを表現するには、「強弱のコントラストをはっきりさせること」が大事です。
◇表現の違い
「もしほかの作曲家であればきっとこういう表現になったであろう」表現と、ベートーヴェンが書き込んだ通りの表現を弾き比べてみましょう。実際に比べてみると、ベートーヴェンは優しい中でも一段踏み込んだ意思があることがわかります。丸くなってしまってはベートーヴェンの音楽ではなくなってしまうのです。だからといってやりすぎにも注意しましょう!
そうした前提をもって曲を紐解いていきましょう。冒頭をみると、頻繁に「cresc.」が書き込まれていますが、これは多くの場合、「espressivoの要素をより強調する」という意味を持っています。とはいえ、音楽が音楽的であることを捨てないこと。cresc.の指示のあと、dim.が書いていなくても、フレーズの最後であるならば少し治めてあげること、下行形であるならば下がった先の音は乱暴に弾かないこと、どこにespressivoを感じるか…など、細かな指示も丁寧に演奏すると、表現も大きく変わってきます。
◇拍子の捉え方で、表情も変わる
またこの12番のソナタは、テーマ・すべてのバリエーションともにアウフタクトで始まるので、3拍目から1拍目へ移るときに生じるほんの僅かな間などといった拍のスイングが表現できると、音楽に立体感が出ます。平坦に聴こえてしまっていた演奏に動きが出て、自然な流れを感じられる演奏に変化していきますよ。
マスタークラス:練木繁夫先生
練木先生のレッスンでは、ベートーヴェンの「ピアノソナタ第11番 変ロ長調 Op.22」の第3楽章を取り上げました。真実を抜き出そうと思考することが何よりも大事で、何よりも面白い時間なのだと実感させられるレッスンでした。
◇細かく分析して、自ら考えてみよう
この第3楽章は、左手部分がトリオとなっていますね。このトリオ部分は、全ての音が大切、というわけでありません。音のまわりを飾っているもの、つまり主音と、経過する音や装飾されている音が混ざっているので、1番シンプルな形(主音)を追っていくと骨格が見えてきます。なぜこの部分が腑に落ちないか、それはこの部分にはメロディーが存在しないから。音楽を形作る3要素は「メロディー・ハーモニー・リズム」ですが、ここではメロディーが存在しないので、1つ要素が欠けている状態になります。
◇ハーモニーとメロディー、リズムの関係
今回のレッスンでは、残された2つの要素のうち、ハーモニーを主体にして考えましょう。
1.2拍目を同じハーモニーとしてとらえるのか、捉えないのか…など考えていくと、自ずとリズムが生まれていきます。主体にしたハーモニーと、そこにリズムを加えた流れに頼って音楽を作っていくと、次第と答えに近くなっていくのではないでしょうか?3拍子のビートの感じ方の話も登場しながら、左手における「法則」を紐解いていきましょう。
では、次に右手は?右手は、「左手の法則を壊しにいくベートーヴェン」をあらわしています。sfをアップビートでとるのか、ダウンビートでとるのか…など、弾き方や拍の取り方のチョイスを重ねながら、より音楽が面白く聴こえるような工夫を繰り返しましょう。だんだんに音楽に動きが生まれ、自身の中に納得が生まれていくのを感じられませんか。このように、複雑そうな、解釈のしにくい部分を細かくアナリーゼしていくことで、譜面に忠実に従いつつも、自身の感情を入れることができますよ。また、アナリーゼするということは、「ベートーヴェンが盛り込んだ音楽に真実を抜き出してみようとすること」に直結します。
相談会
1日のレッスンが終了したあとは個別相談会が行われました。レッスンの中で生まれた疑問、もっと先生に聞きたいこと...、その答えを求めて、各先生のもとへは長蛇の列が。そんな熱意にあふれた参加者たちへ、先生方もあたたかく応えてくださいました!
まとめ
国内外で活躍される素晴らしい先生方にお集まりいただいたマスタークラス。どの先生のレッスンも非常に白熱したもので、先生の一言で演奏がどんどん変化していく様に、驚嘆するばかりでした。また、作曲家がどんな想いでそう書いたのか、どんな楽器を念頭においていたのか、ほかの楽器に置き換えたらどんなヒントを得られるか…、それらを考えるには、まず楽譜を細部まで読みこむこと…、その重要性を改めて認識させられた1日でもありました。参加者のみなさんも、レッスンを受け聴講する中で、古典期のソナタを多角的に見ていくためのヒントや、多くの学びがあった1日だったのではないでしょうか?本選まで残りあとわずかではありますが、ぜひコンクールだけでなく、今後の勉強にも、マスタークラスでの学びを役立ててくださいね。先生方、本当にありがとうございました!