ソナタを学ぶ

10代で古典ソナタを学ぶ意味、ピアノ演奏を学ぶ意味

ソナタコンクールは、音楽の「形式」を学ぶコンクール。ソナタを弾いて何をどう学んだらいいのか、悩む方も多いのではないでしょうか? 今回、10代で古典ソナタを学ぶ意味について、音楽研究の分野で初めて2015年に日本学術振興会「育志賞」を受賞し、現在もパリを拠点に研究活動を続けていらっしゃる上田泰史さんにお話を伺いました。

目次



§I. 音楽には「かたち」がない?―様々な芸術と音楽(器楽)の違い―

 音楽と他の様々な芸術(絵画、彫刻、文学、演劇、映画・・・)との違いについて、考えたことはありますか?まず、音楽が他の諸芸術と決定的に異なるのは、目で見たり、触れたりできる「かたち」がないことです。もちろん、演奏者の体の動きを見ることも、音楽体験の一部ではありますが、目を閉じてしまっては絵画を見ることが出来ないのと同様に、耳をふさいでしまっては、音楽を鑑賞することはほとんど不可能です。また、言葉を用いる詩や文学とは異なり、音楽、とくにピアノ音楽のように楽器だけで演奏される音楽――これを声楽に対して器楽といいます――は複雑な意味内容を伝達することができません(例えばベートーヴェンの《熱情ソナタ》では、「熱情」という言葉のおかげで、誰もが「熱情」という概念と曲の雰囲気を確実に重ね合わせることができます)。ピアノ音楽は、かたちをもたず、また具体的な意味内容ももたない。では、ピアノ音楽の芸術的な魅力とは、いったいどこから来るのでしょうか?

§II. 音楽の本質は「形式」にあり?

 今から約180年前、ウィーン大学で音楽史と音楽美学(音楽の美しさについて、哲学的に考える学問)を教えていたE. ハンスリック(1825~1904)は、音楽を「鳴り響きながら動く形式」と定義しました。この有名な定義の力点は、「形式」という言葉に置かれています。ところで、「形式」の対義語は何でしょうか?そう、「内容」です。ハンスリックは、音楽が具体的な内容を表現するのではなく、音楽とはただ純粋に形式なのだ、と考えたのです。これには、次のような歴史的背景があります。
 バッハやハイドン、モーツァルトたちが活躍した18世紀以来、器楽は何らかの感情(喜びや悲しみ)や、具体的な内容(「日の出」や「噴水」)を表現ないし模倣できる、と考えられていました。しかし、器楽と声楽を比べた場合、歌詞のある声楽に対して器楽は、言葉を用いないので曖昧にしか対象を表現することができません。この内容の曖昧さは、器楽のデメリットと考えられていたのです。それゆえ、音楽は他の諸芸術に対して低く位置づけられていました。
 しかし、19世紀のハンスリックは、これをむしろ、器楽固有な美しさの特長として捉えました。身近なピアノ音楽を例に考えて見ましょう。モーリス・ラヴェルの《水の戯れ》という名曲があります。わたしたちは、「水の戯れ」という題名を予め知った上で演奏を聴けば、おそらく例外なく、キラキラと光る水しぶきを想像することができるでしょう。ところが、もし、作品の題名を知らなかったらどうでしょうか?聴き手がイメージするのは、水ではなく、朝陽に輝く雪の結晶かもしれません。つまり、言葉がなければ、結局のところ、器楽は具体的な事物や概念を描きだすことができない、というわけです。「内容」がないとしたら、音楽(器楽)とは何なのでしょうか?それは「鳴り響きながら動く形式」だ、とハンスリックは答えたのでした。

§III. 「ソナタ」の変遷

 音楽が「形式」だなんて、なんとも即物的で味気ない定義だ、と思われたことでしょう。しかし、ハンスリックの定義は、「形式」という観点から音楽の魅力を考えるうえで、とても良いきっかけを与えてくれます。冒頭で、筆者は「音楽には『かたち』がない」と書きましたが、実は、音楽には空間的な「かたち」はなくても、時間の中で展開される「形式」があります。それは、新聞の論説などでよく用いられる、文章の起承転結とよく似たものです。このように、論理を展開する手順のことを、私たちは「形式」と呼びます。
 「ソナタ」は、こうした論理の形式を、高度に発展させた音楽ジャンルです。ここで、ソナタというジャンルの変遷を手短に振り返っておきましょう。「ソナタ」の語源は、「鳴り響く」を意味するラテン語の動詞“ソナーレsonare”にあります。16世紀の末(初期バロック時代)に様々な形式の器楽曲を指す用語として定着しました。17世紀末になると、ソナタはバイオリン、フルート、チェロ、鍵盤楽器などで合奏される、複数の楽章をもつ一種の組曲を広く指すようになります。18世紀後半になると、C.P.E.バッハやハイドン、クレメンティ、モーツァルト、ベートーヴェン、ドゥシークといた作曲家たちが登場し、ソナタは交響曲や室内楽、ピアノ音楽の作曲には欠かせない形式として、はっきりとした輪郭を帯び始めます。特にベートーヴェンが活躍した18世紀後期から19世紀初期にかけては、ピアノ(またはチェンバロ)のための音楽といえばソナタ、というほどに、ソナタが流行しました。彼らの作曲したソナタの遺産は、さらに、19世紀前半になると、A. レイハやA.B.マルクスといった理論家によって、ソナタは純然たる作曲の「公式」として尊重されるようになり、フランスやドイツの作曲の教科書に掲載されるようになりました。現在、わたしたちが「ソナタ」という言葉で連想するのは、まさに、バッハの息子たちからベートーヴェンの時代に成立し、ショパンの活躍した19世紀前半に理論化された「ソナタ」だというわけです。

§IV. 「ソナタ」の楽章構成

では、ソナタはどのような構成をとるのでしょうか。ソナタの構成は、単一楽章(リストの《ピアノ・ソナタ》ロ短調、モシェレスの《メランコリックなソナタ》作品49)から5楽章(チェルニーの《ピアノ・ソナタ 第1番》作品7)に至るまで、実に様々です。しかし、古典期から19世紀のソナタの楽章構成のモデルは交響曲をベースにしていると考えてよいでしょう。19世紀、パリ音楽院のヅィメルマン教授は、ピアノ・ソナタを「室内で演奏される交響曲」と定義しています。実際、ピアノ・ソナタの構成は、交響曲の構成に似ています。第1楽章には、ソナタ形式によるアレグロ、第2楽章にはゆったりとしたテンポの楽章、第3楽章には、「トリオ」と呼ばれる中間部を備えた3拍子のメヌエットまたはスケルツォ(第2楽章と第3楽章は順序が逆になったり、省略されることも少なくありません)、最終楽章(フィナーレ)にはロンド形式(またはロンド=ソナタ形式、ソナタ形式)の技巧的で急速な楽章が置かれます。ソナタはこのように、異なるテンポ、形式、性格の楽章から成るため、それぞれの楽章で、知的な構築力、歌唱的な表現力、正確なリズム感覚、すばやい指さばきといった、ピアニストの総合的な資質が問われます。ソナタは、いわばピアニストが、演奏能力を総合的にプレゼンテーションする場といってもよいでしょう。

表1 古典的交響曲をモデルとしたピアノ・ソナタの構成

楽章第1楽章第2楽章/第3楽章 第4楽章
楽想アレグロアンダンテ、アダージョ、ラルゴなど*メヌエットまたはスケルツォなどアレグロ、プレストなど
形式ソナタ形式3部形式/変奏形式など3部形式ロンド形式、ロンド=ソナタ形式、ソナタ形式など
主な学習課題構築力歌唱的な表現力正確なリズム感覚すばやい指さばき
*ベートーヴェン以降には葬送行進曲やバラードなど性格的楽章も見られます。

4楽章からなるソナタが多く書かれるようになるのは18世紀末になってからで、クレメンティのソナタ(作品40)やベートーヴェンの初期・後期のソナタ(第1~4、7、11~13、15、18、29)に例が見られます。ベートーヴェン以降(フンメル、シューベルト、ショパン、シューマン、ブラームス他)では、3楽章ないし4楽章構成のソナタが標準となり、交響的な響きが追究されるようになります。これには、ピアノ製造技術が発達し、ピアノがより広い音域と大きな音量を獲得したという背景があります。
一方、ハイドン、モーツァルトが活躍した古典期のソナタには、自由な組曲としてのソナタという、17世紀以来の伝統が残っており、2楽章、3楽章で、様々な構成を取るものが多く見受けられますが、モーツァルトのソナタでは、表1からメヌエット/スケルツォを除いた急―緩―急の3楽章が標準的な楽章構成となっています(ただし、有名な《ピアノ・ソナタ 第11番(トルコ行進曲付き)》K 331は、変奏曲―メヌエット―複合三部形式のフィナーレという構成で、ソナタ形式の楽章がありません。これは、§3で解説した、「組になった器楽曲」という、古いソナタのスタイルの名残です)。

§V. ドラマとしてのソナタ形式

ソナタの最大の特徴である「ソナタ形式」は、しばしば第1楽章で用いられます。ソナタ形式の教科書的な説明では、ソナタは次のように図示されます。

表2 典型的なソナタ形式

区分 提示部 展開部 再現部 コーダ
主題 第1主題 推移 第2主題
-コデッタ
主題の展開 第1主題 推移 第2主題
長調 主調 転調 属調 絶えず転調 主調 主調 主調
短調 主調 転調 平行調 絶えず転調 主調 主調 主調
=主調  =属調  オレンジ=転調  =平行調
*主調とは、曲の中心となる調で、第1主題の調に一致します。
*属調とは、主調に対して5度上(または4度下)の調で、第2主題の調に一致します。例)ハ長調の属調はト長調、ニ長調の属調はイ長調。
*平行長調とは、主調と同じ調号を持つ長調です。例)イ短調の平行長調はハ長調、ニ短調の平行長調はヘ長調。

ソナタは、「提示部」、「展開部」、「再現部」に分けられます(ベートーヴェンの《悲愴ソナタ》作品13のように、提示部に先立って遅いテンポの序奏が置かれる場合もあります)。まず、提示部では2つの主題が登場します。これらの主題は、それぞれ調性が異なります。主題の調性には、2つのケースがあります。

1)第1主題が長調なら、第2主題は属調
2)第1主題が短調なら、第2主題は平行長調

このように2つの主題で調が変わるのは、単調さを避け、効果的なコントラストを生むためです。例えば、第1主題が快活なものであれば、第2主題はしばしば歌うような性格で登場します。提示部は主題を聴き手に記憶してもらうために、しばしば反復されます。これら2つの主題を、「活動的なAさん」と「優しく控えめなBさん」に喩えるなら、展開部は、2人を巡る冒険の始まりです。展開部では、2つの主題は、何度も転調を繰り返し、落ち着くことを知りません。それぞれの主題に特有の音型は分断されて、互いに組み合わされたり、変形されたりします(これを、ドイツ語からきた専門用語で「動機(どうき)労作(ろうさく)」や「主題(しゅだい)労作(ろうさく)」と呼びます)。いわば、2人の主人公は自分たち住んでいた安定した提示部の世界から飛び出し、不安と期待に満ちた冒険の舞台、つまり展開部に放り出され、時に口論したり、手をとりあったりしながら、さまざまな試練に立ち向かいます。作曲家にとって、展開部は力量の見せ所です。動機労作だけでなく、主題に基づくカノンやフーガが登場することもあります。波乱の展開部が終わると、ふたたび開始の調が戻り、第1主題と第2主題が戻ってきます(再現部)。2つの主題は、再現部で「ホーム」に帰って来ます。但し、第2主題は、提示部とは異なり、主調で再提示されます。これは、この楽章を出発点と同じ調(いわば「ホーム」の調)で締めくくるためです。これによって、楽曲を締めくくる結尾部(コーダ)は確実に主調で導かれ、曲が閉じられます。

§VI. ソナタを学ぶ醍醐味

このように、ソナタ形式は、いわば音によって紡がれるドラマの形式と理解することができます。しかし、演劇やテレビ・ドラマで、毎回同じ展開が行われては、聴き手も退屈してしまいます。そこで、注意深い作曲家たちは、聴き手を意識して、しばしばソナタ形式の慣例から外れるような工夫を凝らします。実は、ソナタを学習する醍醐味は、上に示したような「公式」1 を教科書通り理解することではなく、作曲家が聴き手の意表を付くために「公式」から意図的に逸れているところを見抜くことにあります。実際、ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンたちと交流した貴族や音楽仲間たちは、演奏や理論に通じた知的な音楽愛好家でもありました。つまり、この時代のソナタを弾くにあたっては、ただ単に楽曲を分析するだけでなく、当時の聴き手がこの曲を聴いたらどのように反応するだろうかと、分析結果の効果や意味を、聴き手の立場に立って考えることも大切です。実際、「公式」に当てはまらない例は非常に多くあります。再現部で第1主題が回帰しない場合(Aさんは冒険の途中でいなくなってしまった?!2)、楽章が主和音ではなく、烈しい減七和音で始まる(出発地点がすでに危険なジャングルの中?!3)、再現部の第2主題が、主調ではなく属調で戻ってきた、と思ったら、途中で急に主調に回帰する4、等々。表1に示した楽章構成に関しても同じことが言えます。例えば、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》作品27-2(「月光」ソナタ)では、第1楽章に、ソナタ形式ではなくノクターンのようなスタイルによる楽章が置かれており、ソナタ形式は第3楽章で用いられます。これは、幻想曲という自由な形式のジャンルに接近したソナタの例として有名です。こうした、楽章内、あるいは楽章間に見られる聴き手の不意をつく様々な工夫は、古代ギリシャから受け継がれた西洋の修辞学(レトリック)の伝統の中に位置づけられます。演説者が、主題として提示した考えを提示し、それを対立する意見と戦わせ、時に別の話題を差し挟んで聴き手の注意を惹き、時には期待を裏切ったりしながら、最終的に一つの結論にたどり着き、聴衆を納得させる。味わい深いソナタには、レトリックが豊かにちりばめられています。この意味で、説得力をもって一曲のソナタを通して演奏することは、西洋の伝統的な思考スタイルを理解する上でも、とても重要な機会と言えるのです。たかが「形式」、されど「形式」。「ソナタ・コンクール」を機会に、作曲家と聴き手の間に立つ雄弁な語り手として、じっくりと楽譜に向き合い、演奏表現を探究してみてはいかがでしょうか。


1「ソナタ形式」という言葉や作曲手順は、§IIIで19世紀になってから理論家たちによって整理されたものだ、ということは記憶に留めておくべきです。つまり、モーツァルトやベートーヴェンは、理論化された「公式」としてのソナタを念頭において作曲していたわけではありません。
2 例:ショパン《ピアノ・ソナタ》第2番、第3番の第1楽章。
3 例:ベートーヴェンの《熱情ソナタ》作品57、ウェーバーの《ピアノ・ソナタ》第1番、第1楽章
4 例:モーツァルト《ピアノ・ソナタ》K 330の第1楽章。



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